読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

字駄楽ト界

Life is a jest,

磁石って2つ極があるじゃないですか。 人間も同じで、好きなものに近づくS極と、嫌いなものから遠ざかるN極があると思うんですよ。

ただ電車の方面が近いというだけで一緒に飲みに行った男に、私はそういった。 その男は、物をよく失くすと言う。

例えば肌の色とか性別とかあるじゃないですか。 それと同じなんですよ、ぼくは物をなくすように生まれついているんだ。 脳の配線がどこか切れているんですよ。注意センサー、みたいラベルのついたとこが。 でも、他の人はそう思わない。だからもっと気をつけろとか、再発防止しろとかいう。 そういう人が黒人差別反対者には白人になれと、女性差別反対者には男性になれと諭しているかというと、そうでもないんですよね。

それは努力ができるかの違いじゃないですか、と私は答える。

そういうなら、性転換の手術をうけることも努力でしょう。 そもそも努力なんてありませんよ。ただできるか、できないかがあるだけで。

次のメニューは厚揚げにするかきゅうりの一本漬けにするか聞くような調子で話すものだから、決定論の信者ですか、と呆れを滲ませるように言った。 彼は、いや、私は決定論側の人間ってだけです、と答えた。

幸福で順調な人は、それを自分の結果だと思いたいから自由意志論を唱える。 不幸で不調な人は、それを自分の所為だと思いたくないから決定論を唱える。 簡単でしょう。

そういう彼は私と違って、一部上場企業の正社員だ。 一般的に見れば幸福の側に分類されそうな人だったけど、東京に住む私もそれは同じだから黙っていた。 だいたい、私は途上国の子どもみたいに、なにか他の基準を持ち出されて、それと比べて幸せだと言われるのは昔から気に食わなかった。 有史上最も貧しく最も不幸な存在以外すべてに通ずる論法になんてなんの価値も無いからだ。

続けて彼はカラッとした声で話す。 何も大仰な岩を持ち出さなくても、神の不在なんてぼく自身で証明できますよ。 もし全知全能の存在がいたとして、そいつが僕の人生をこういう風に作ったのなら、僕はそいつを全力で殴りますもん。

彼のそれは自虐に浸っているというより、特にそれ以外話すことがない、というような口調だった。 だから私はこう言ったんだ。

磁石って2つ極があるじゃないですか。 人間も同じで、好きなものに近づくS極と、嫌いなものから遠ざかるN極があると思うんですよ。

あなたの嫌いを遠ざける極は強いですよ。すごいです。大学まで出て、会社で働けているんですから。 でも、何にも引かれないというのは、ひとりで宇宙をさまようみたいでかわいそうですね。

彼は一瞬ぽかんとしたあと、顔をニュートラルな笑い顔に戻し、そうですね、と言った。 ひとりで宇宙をさまよう、か。SFっぽくていいですね。わたしSF好きなんですよ。

彼は、私に馬鹿にされたのに、その感情をおもてに出すことすらしなかった。 多分彼は、明日から私を避けるだろう。私が嫌いになったから。 でも、話しかけられたら最低限は答えるし、もし飲み会の場でとなりになれば笑って乾杯するだろう。

「好き」の反対は無関心で、「嫌い」は関心の行為だ。 彼には私を嫌いになって、遠ざけるだけの力も無いのだろう。

彼もきっと、どこかへ飛び出せば誰かの「好き」の引力の射程に入れたはずだ。 けれど「嫌い」の斥力にはじかれるのが怖かったから、とにかく動かないことにした。 それなら、彼にも出来たから。

その後彼は、憑物が落ちたようにフツウのことを喋りだした。 映画のこと、最近面白かった本のこと、会社でうまくいったこと、失敗したこと。 驚くべきことに、その話をしているときの彼と喋るのは結構楽しかった。

そうして飲み終わったあと、電車が同じ方向だから飲んだというのに、駅についた彼はちょっと用事があるのでわたしはここで、という。 私はわかりました、と「用事」については何も触れず、それじゃあまた、といった。 また来週、といった彼は、言うが早いかすぐに背を向けて雑踏に飲まれて消えた。

私はふと考える。何が彼をああしてしまったんだろうと。 器量が良くないことか。勉強がそこそこできて、仕事もまあまあできることか。家族関係のことか。 同期が彼を指して、やっぱり親が離婚したからああなのかね、と、「私はそうじゃないけれど」という意味を多分に乗せてそういったのを思い出す。 何にも求めず。何にも求められず。

彼は、私が電車に乗ったと確信できるまでなにをしているのだろう。現代には、なんとなく眺めていれば楽しいものであふれている。そうやってピカピカするものをただ網膜に映しながら現代を漂流するのは、一体どんな気分だろう。

私はなんだが空寒くなって、コートの襟を引き寄せてからホームへと降りた。